ろう重複(ADHD) 我が家の事例

よっしー


我が家の次男は重度感音性難聴(両耳120デシベル以上)、ADHD、心室中隔欠損症の重複障害を持っています。
0歳児~2歳児の間はろう学校乳幼児教育相談と地域の保育園に通いました。上のきょうだいも聴覚障がいがあるので、次男に関しては赤ちゃんの時から手話で接していたのですが、手話があまり出てこなかったり、落ち着きがなくじっとしていられなかったり、癇癪を起こしたり、人に興味がなく自分の好きな遊びしかやらなかったので、何かしらの違和感を感じていて、乳幼児教育相談でも耳とは別の発達の相談をすることが常でした。
けれども聴力がかなり重いこともあり、目で見ることが全てだと感じていたので、ろう学校の幼稚部に入ることを決めました。通っていたOろう学校幼稚部は重複クラスがあったので入るのを希望したのですが、希望者が多いうえに定員数が決まっているため入れず、普通のクラスでのスタートとなりました。しかし、先生の話を聞くことも出来ず、床に転がったり、うろうろ歩いたり、意志疎通がうまくいかず癇癪を起こしては教室の隅っこに隠れたり…の日々でした。当時、私も次女を出産したばかりでバタバタしていたのもあり、息子とちゃんと向き合うことが出来ず、幼稚部付き添いの時もちゃんと座りなさいと無理やり座らせたり、出来ないことに対して怒ってばかりいた記憶しかありません。その時は発達障がいだろうとは分かっていたのですが、具体的に何の障がいなのかも分からず、ネットで調べたりするもほとんどが聞こえる子のことばかりで、どれに当てはまるのかも分かりませんでした。
病院に連れていって発達検査をするも、検査担当の方は音声で質問や指示をするだけ、本人は当然理解出来ないので、意図と違うことをしたり、脱走しようとしたりして、結果的に知的障がいと診断されました。確かに知的の面でも障がいはあると思います。しかしながら、この検査結果は信頼度が低い上に、医師からも特にこのように対応してくださいの助言などもなく、他にも隠れた障がいがあるのではないかと思い、色々悩んだのですが、息子に合ったコミュニケーションを模索していくしかないと考えました。
色々試した結果、写真カードや絵が本人にとってすごく分かる手段だったようで、年少の途中から日常生活に関わることは写真カードや私の描く絵を見て理解するようになりました。


年中に上がり、再び重複クラスを希望するも入れず…普通クラスに籍を置き、活動は重複クラスと一緒にやることになりました。障がいの特性に合わせた活動で、息子にとってわかることが増えてきて楽しく学校に通うことが出来ました。年長になり、重複クラスに入ることができ、手話を使った発達検査をろう学校でしてもらい、正式にではありませんが、ようやくADHDでその中でも多動や衝動性の傾向が強い特性があることがわかってきました。
そして、言葉を覚える力が弱く、文字そのものも言葉としてではなく図形としてとらえている感じがありました。なので、指文字を使ってひらがなを一字一字教えるといった教え方をしても言葉として吸収してくれませんでした。手話もそのものの意味が分かっても、書記日本語に繋げるのは難しかったと記憶しています。
試行錯誤した結果、手話や書記日本語では理解出来ない内容を絵(マンガ風)で起承転結をはっきりさせながら描いて教える方法が息子に適していたようです。
例えば、「私が病気で寝ていた時、息子がこっそり知育菓子を食べようとして、粉の袋を開けるのに失敗して粉まみれになった。怒られるのが嫌で証拠隠滅しようとしていたところに私が起きたためばれて怒られた。そして、自分で掃除をした。」
絵日記で振り返るとき、この文を全て絵で描いたらすんなり理解出来て、見た後に笑ってごまかしていました。
このように目で見える振り返りを積み重ね、年長になってようやく自分の名前や名詞などを少しずつ覚えていきました。手話には意味があることを理解出来るようになり、その意味と書記日本語が結び付くこともなんとなく分かってきたようです。
手話も自分から発するのは少なかったのですが、自分のオリジナル手話を使って伝えてきたり、こちら側から手話で話しても理解出来ることが増えてきました。年長の頃には椅子に座って話を聞けるようになり、癇癪を起こすこともなくなりました。目で見える情報が何よりも大切だったと実感しています。

そして小学部はKろう学校へ進むことになりました。Oろう学校の小学部にも重複クラスはあるのですが、見学したときにたまたま手話がスムーズではない先生が担任だったことに不安があり、その時に姉が行っていたKろう学校の重複クラスも見学し、先生の発達障がいに対する専門性の高さと上手な手話に惹かれて入学を決めました。

公立のろう学校なので先生の異動もあり、担任も運次第なのですが、幸い息子の担任は良い先生に恵まれ、幼稚部の時は考えられないほどスムーズに手話で話が出来るようになり、字も書けるようになり、毎日色々な成長を見せてくれています。
小3の現在、民間の放課後デイサービスを利用していて、聴者と関わるようになり、新たな課題がまた増えてきています。まだまだ乗り越える壁はたくさんありますが、自立できる未来を目指してゆっくり確実に歩んでいきたいと思います。

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